自 然 法 則 の 心 的 解 釈

1.「万有引力の法則」…………ニュートン 
 全ての物に引きつける力があるという「万有引力の法則」、これは人間の心にも当てはまると考えられないだろうか。「万有の引力」というからには、人の心にも引きつける力があるということではないかと解釈する。非常に強い力で人を引きつける、そういう力を持った人がいるように思う。男女の間には、この力、特に強く働くのではないだろうか。
強弱の違いはあるが、「人の心にも引きつける力がある」と、確かに言えるように思う。
2.「慣性の法則」………………ニュートン
 この法則は、静止または一様な直線運動をする物体は、他の力が働かない限りその状態を持続するというものである。この「慣性の法則」もまた、我々の日常生活に当てはまるように思う。
 一度習慣化してしまうと、タバコなど、やめようとしてもやめられるものではない。しかし、よい習慣をつければ、この法則、逆に幸いする。
「よい習慣を作ることが人生における成功の鍵である」ということを意味しているようにも思う。
3.「運動の法則」………………ニュートン
 物体の運動量の変化はこれに働く力の向きに起こり、その力の大きさに比例し、その質量に反比例するという、力と運動の関係の法則である。
 力を加えなければ、ものは動かない。「努力しなければ何事も成らない」ということを言っていると取れる。
 じっとしていては成るものも成らない。つい不精をきめこむのが人間である。ここはというときにはまず、気合いを入れて、身体を動かせということかも知れない。
4.「作用・反作用の法則」……ニュートン
 二つの物体が互いに力を及ぼし合うときには、これらの力は常に大きさが等しく、向きが反対であるという法則である。愛すれば愛される、愛されれば愛するという「愛の相互作用」が、この法則に当てはまるように思う。
 「愛されたければ、まず愛せよ」と言われる。片思いの人は、思いがまだ相手に届いていないのではなかろうか。愛されるに足る者であろうか。そのための努力は十分であろうか。その努力が足らないなら、その分しか愛は返ってこないということである。
5.「質量不変の法則」………ラヴォアジェ
 氷と、解けた水の質量は同じであるというもの。これを、我々の生活に当てはめて考えてみるのに、「苦の量」=「楽の量」という風に考えてみてはどうであろうか。欲しいものがあればそれなりの代価を払わなければならないのが世の中である。「楽あれば苦あり」とか、「苦は楽の種」とかよく言われる。苦労と我慢は将来の喜びを味わうためのものであるが、若いうちはこれが分からない。 いかに楽をするかという人生観でこれまで生きてきた自分であるが、結局のところ、先にたくさんの「楽」を取れば、後に同量のたくさんの「苦」を味あわなければならないということが分かってきただけである。楽な老後を迎えるために、これからは、少しは人のことも考えて、苦労をせよということであろう。
6.「エネルギー保存の法則」……ジュール
 どのような形に変化しようともエネルギーの総量は不変であるという法則である。太陽エネルギーは水を蒸発させ、雲の位置エネルギーになり、ダムから落ちて電気エネルギーに変わっていく。仕事をなし得る能力が「エネルギー」である。
 人間が勉強をするのは、将来において仕事をする能力(エネルギー)を蓄えるためである。「性エネルギーをいたずらに浪費せずに仕事に打ち込め」。そうすれば大きな仕事ができるということかも知れない。
7.「相対性理論」………アインシュタイン
 1905年にアインシュタインが発表した理論である。本物の「相対性理論」は難しくていくら本を読んでも分からないが、自分なりの勝手な解釈で行けば、これは物事は比べるものによってよくもなり悪くもなるということである。
 ここに不幸があるとすると、それは比べる対象があってのことである。5に比べれば確かに4はよくない。しかし、明らかに3よりはベターである。能力が評価されるこの世の中である。しかし比べる相手によって幸不幸が確かに決ってくる。あまり高過ぎる相手とは比べない方が賢明かもしれない。そこそこの「6割主義で生きよ」ということかも知れない。
 若いうちは、大きな夢を持ってそれなりに努力もして、先が見えてきたら、この「相対性理論」を適用していくというのはどうであろうか。
8.「昇華作用」
 ドライアイスは、固体が液状にならずに直接、気体になる。これをまた冷やすと気体が直接、固体になる。この際の固体は不純物が取り除かれ、純度の高い物質となる。これを「昇華」と言うとある。これは精神分析でもよく用いられる用語である。恋愛の原点は、ドロドロに濁った「欲望」である。「これをエネルギーの転換により善用すること」によって、「恋愛の結晶作用」が生まれると言ったのはスタンダールであった。
 社会的に認められない要求や、性的エネルギーが、芸術的活動など社会的に価値あるものに置換されるのは、この「精神の昇華作用」によると言われている。
9.「不確定性原理」………ハイゼンベルク
 科学においては例外が一つでも発見されれば、その法則は無価値なものとなる。すると、ものは変化するのが実態であるから、すべて確実にこうだとは言い切れないのではないかというもの(?)。
 恋人ができるまでの過程を考えると、そこに「偶然」が介在しているということが確かに言える。「旅行中に、たまたま荷物を持ってくれた男の人が今の旦那である」と言う人に最近出会った。同じクラスで1年間、それが縁で一緒になったという話などもよく聞く。たまたまの「「偶然」即ち、不確実な要素があるので人生は面白い」のかも知れない。
10.「エントロピーの法則」…クラウジウス
 使用不可能なエネルギーの量(エントロピー)は常に最大へと向かう傾向がある。香水のふたを開けると匂いは広がる一方で、花瓶が割れると元には戻らない。石油など、使ってしまうとその埋蔵量は減るばかりである。「ものは秩序から無秩序の方向へすべて進むばかりである」という。
 日常生活では、部屋のちらかりが、そのままにしておくとひどくなるばかりで、片付けをしなければ汚れ放題になってしまうということがある。
 「人間は楽をしたがる動物である」。身体を動かせばきれいになるのについ散らかしたままにしておいて、突然の来客に大慌てということになってしまう。
11.「膨張宇宙論」……………………ガモフ
 宇宙は膨張しているということは多くの天文学者が結論しているところである。「葡萄パンをふくらし粉でふくらすように、すべてのものはお互いに遠ざかりつつある」とのことである。
 「出会ったときが始まりで、あとは別れるばかりなり」ということは、日常の生活で確かに言える。生まれてからは両親とは離れていくばかり、生まれた子供とも離れていく。友達とも最後は皆、別れ別れになってしまう。
 「人間は」また、死ぬと水や骨になって、最後はH、O、Cなどに分解されて、そして、「やがては、宇宙に散らばっていってしまう」。
12.「刷り込み」…………………ローレンツ
 誕生後すぐに目にしたものを何でも親と思ってしまい、以後それと同じものを見ると機械的に反応する習性を「刷り込み」という。
 人間を親と思い込んでついて歩くアヒルをテレビで見たことがあるがこれが「刷り込み」である。
 同じことが、信心について、言えるような気がする。ある宗教を信じるようになると、その自分の宗教が最高であると思ってしまう。自分が出会った宗教が一番いいということを人にも説いて回るようになる。そう言う習性を生き物である人間も持って生まれてくるのであろう。「人間は、変な思いこみで生きている」ということに気づかなければならない。
13.「熱伝導」
 熱が物体の高温部から低温部へ物体中を伝わって移動する現象を熱伝導という。人の情熱という熱もまた伝わるものである。燃えて頑張っている人は他人の心にも熱を伝えることができる。
「熱意は、必ず人に伝わる」ということである。
14. 「条件反射」…………………パブロフ
 1903年、ロシアの生理学者パブロフにより発見された、梅干しを見ると唾液が出るという反射の法則。音など、ある刺激のあとに餌を与えると唾液が出るが、これを続けると、音だけで唾液が出るようになるというもの。あとで与えるものが本人にとり褒美であるとか、快感を与えるものでないと条件反射は成立しにくいという。
 動物を動かす最大の要因は報酬であるという。これは人間についても当てはまるから、条件反射を利用してよい習慣付けをするなら、困難なことも困難なく実行できるようになるという。
15. 「相転移」
 水温が零度に達した瞬間、水の中に氷の結晶が突然発生し、見る見るうちにその結晶が全体に広がっていく。温度という環境の変化で、同じ原子を持ちながら水がそのまま、異なる性質の氷になる。この変化を相転移という。
 ある一定の時期に、「年齢」という環境の変化によって、こころにも相転移が起こるというようなことがないであろうか。「五十にして天命を知る」という言葉があるが、これは、それを教えてくれているようにも思う。
 こころの動き、世界のできごとを十分に解釈できるようになった時、天命を知るかもしれない。世の中を違った目で見るようになるかもしれない。
16.「変態」
 動物が卵から孵化した後、成体になるまでに、時期により異なる形態をとることを変態という。毛虫からまったく形の違う蝶になったり、おたまじゃくしが蛙になったりするのは、ホルモンの働きだそうである。
 人間にも、蝶や蛙と同じように、変身の可能性が、DNAに組み込まれているとは言えないだろうか。
 何とか変身できないかという変身願望は、ウルトラマンの「ヘンシーン」などにも現れているように、多くの人が抱いている願望である。
 変身はあるのだということを、蝶や蛙たちから学ぶ必要があるように思う。
 人間の場合、変身のためのホルモンとして、一定の「経験」であるとか、一定量の「苦悩」、または、「宗教」などが、その働きをするかもしれない。「恋」が、強力なホルモン剤にならないとも限らない。
17.「連星
 太陽は恒星であるが、恒星の多くが、力を及ぼし合う連星の形で存在するという。そしてその中の多くが、ペアになっているという。連星の事実を不思議に思うべきか、それともこれを自然のありようとして受け入れるべきか。我々人間が、地上の他の動物と同じように、ペアーでいることが多いという事実と似ている。ペアーが自然なありようであるということか。 我々は必ずしも結婚をする必要はないし、また連れ合いなしでも生きていくことができる。結婚しない人もいる。しかし、一人でいるよりも連れ添って生きる方が自然ということであろうか。たいていの人は結婚するし、そうすることによって安定するということもある。
 太陽は連れ合いを持たないが、惑星という子供を持っている。太陽系は家族のようである。星の家族の集まりが宇宙を構成している。
 連星が自然の姿であるということはあまり知られていない。しかし、ペアーでいることの方が、この宇宙ではより自然であるということを教えてくれているのではないだろうか。
 連れ合いを探すのに、急ぐ必要はない。また、選ぶことができる。大事なことは、似合った、釣り合った、連れ合いを見つけることである。
18.「天気、景気の波」
19.「マグマ」


 ○ 「スキー」における物理法則 <心の物理法則、初版>

その1 慣性の法則
 スキーにおける難しさの第一は、いかに止まるかということである。緩い傾斜では、スピードも余りないから、止まることはたやすい。しかし急な下り坂を滑り始め、スピードが付くと、大変である。下手は転ぶしか方法が無い。
 日常生活にも、この「慣性の法則」が当てはまるように思われる。 一度付いた習慣は、これを制止するのは容易ではない。習慣がその人の人間性であるかのように思われるほどである。
 ぎりぎりの時間に着く習慣を10年以上も続けていると、これを止めるためには、10年以上を要するかも知れない。
その2 万有引力の法則
リフトを使うと楽であるが、スキーを付けたまま、始めのうちは蟹のように横になって一歩一歩登らなければならない。初心者は皆これに苦労する。
 下りが楽であるのは「重力」があるためである。ニュートンの「万有引力の法則」、人間の心にも当てはまるように思う。
 非常に強い「引力」で、人を引き付ける、そんな魅力ある人がいるように感じる。全ての人に「引力」がある。そう感じられる。ただ小さいと気付きにくいのではないだろうか。
その3 相対性理論
 上のゲレンデから下を見ると、これを降りるのかと思うほど急である。ころんで、悔しい思いで見上げると、これを直滑降で滑り降りてくる人がいる。うらやましい限りである。とてもあんなには滑れないと諦めると、惨めになって来る。ところが下のゲレンデでは、転んでばかりの初心者が居る。
 アインシュタインの「相対性理論」が、ここで当てはまるように思う。 上手、下手は、相対的に言えることである。 自己満足は成長を止めるが、もしその段階なりの満足の仕方を知らないと、諦めて努力を放棄してしまいかねない。  70メートル級のワールド・カップ・ジャンプが今テレビで行われている。高校生も出場している。それほどまでになれなくてもいい。しかし、「なーに」と言う気で何事にも挑戦したいものだ。
その4 質量不変の法則
 前日の午前は、平地での練習で面白くない。午後になっても、自分の番が回って来るまでの待ち時間がとても長く感じられ、蟹の横ばいを繰り返すばかりである。早く自由に滑らせて欲しいと、そう考えている人が多かったに違いない。 二日目も必ず参加するようにと言う助言は正しかった。1日目の苦労と我慢は、二日目の喜びを味わうためのものであったのである。
 氷と、解けた水の質量は同じであると言う「質量不変の法則」を、ここに当てはめてみてはどうであろうか。
 「苦の量」=「楽の量」、と言う具合いにである。先にたくさん「楽」を取れば、後に同量のたくさんの「苦」が残ってくる。 分かっていても、先に「楽」を取りたいのが、人の常である。「苦」は「楽」を手に入れるための手段である、はっきりとそう考えるしかない。
 もう一日滑りたい、もう一度、是非、暇とお金を見つけて来たいものだと、二日目の終わりにはそう考えるようになっていた。
その5 偶然の存在
 初日は十分な雪に恵まれた快晴で、夕方になって小雪が舞い始めた。夜の間降り続いた雪はまた小止みになり、二日目は、転んでも気持ちの良いふさふさの新しい雪となった。怪我人も、たいして出なかった。ツアーコンダクターから、彼自身、スキーから帰る道で転倒、肩を脱臼し途中で帰社したことがあると言う話を聞かされた。我々は、ついていた。そう言えば旅行で行きも帰りも富士山が見えたのは、今回が始めてだったように思う。
 デイズニーランドでも快晴に恵まれた。
 ただ一つだけ残念なことがあった。それは一番楽しみにしていたスペース・マウンテインが、運悪く、改修工事中で動いてくれなかったことである。
 今回の旅行でも「偶然」が積み重なった。説明のつかないような「偶然の存在」。
 物理の法則に限界が在って、そこに「偶然の存在」があるという。
 確かにそれはあるように思う。
 このスキー・ツアーに参加出来たことが、有難い偶然の出来事のように思われてならない。運動神経の鈍さを気にして、今一つ気乗りのしなかったスキーである。それがこれほどまでに興味を持つようになるとは。
 世の中には、まだまだ、知らない楽しいことが、もっともっとたくさんあるかも知れない。