十魂戒 4. 『 よっつ ヨガ よき習慣の 呼吸法 』

 引用は、『 八十八歳を生きる 』(佐保田 鶴治著、人文書院刊)から。
 佐保田 鶴治氏:1899年福井県生まれ。京都大学文学部卒業。インド哲学・宗教学専攻。大阪大学名誉教授。「日本ヨーガアシラム」開設1986年没。著訳書多数。


・ 私は、生まれつき病弱で、青年時代には肺尖炎になり、結核にも悩まされました。それで、20代から何とか健康になろうと思って、あらゆる健康法を試みた。あらゆる種類の体操もやった。60過ぎまでいろんなことをやったんですよ。でも、丈夫になりませんでしたね。ヨーガを教えてくれたインド人に出会ったのが、大学をやめる前年、62歳の夏でした。還暦を過ぎて初めて、ヨーガという偉大な道に出会ったんです。

・ ヨーガの本当の効き目は、精神的な変化にあるんです。まじめに体操してさえいたら、腹が立たなくなり、心の働きが自然に変わってしまうんです。自我がだんだん無くなって、いろんなものに対して暖かい気持を持つようになるんです。信心の平静が保たれて、言うに言われぬほどいつも気持がいいんです。言い換えれば、深層心理に革命的な変化が起きたのです。

・ 年寄りの人に「ほっといたら、背中曲がっていくし、足重うなるし、65過ぎたら不自由になり、若い人にごやっかいにならないと生きていけないようなことになりますよ。今からなら遅くないからヨーガをやりなさい。」こう言ってもなかなか年寄りの人はきかないですね。

・ とにかくヨーガをやりなさい。手、足、腰、背骨、肩、こういう体全体に関係したヨーガを、毎日毎日おやりになれば、いつかあなたは健康になる。丈夫な人でなければやれない、年が若くなければやれない、年寄りではやれないというのではない。大事なことは必ず一日に一ぺんはやる、ということです。そのうち体が柔らかくなってくる。

・ 本当のヨーガっていうものは。1人でやるものなんです。教室で習ったことを自分1人でやっていく。毎日やっていく。これが必要なんです。

・ 毎日朝なら朝、晩なら晩、まあ晩より朝の方がいいんですが、あるいは昼。もしお腹がすいたとき、あるいは4時頃、そういう時に、みなさんお暇があればその時にやる。

 毎日必ず一度はやる。できたら二度やる。 体がひじょうに軽快になって病気をしなくなる。風邪をひいたりしなくなる。血色がよくなる。体がしまってくる。格好のよい体になる。そして体が健康になる。脂肪がだんだん減ってくる。体が健康になると、同時に、体だけじゃなく心のほうに影響が表れてくる。これが一番大事なんです。
 ヨーガの体操の効果の中で一番大事なのは心の影響、精神の変化なんです。

・ 戒というのは、人からああしろこうしろと言われるんじゃなくて、自分でそうしようと思う、自分の自分に対する戒めです。不飲酒戒という戒があります。心身共に健康になればお酒っていうのは、ほしくなくなるんですよ。他に楽しみはいくらでもあるんだから、酒を飲まなくたって楽しいんです。たばこを喫まなくたってたのしいんです。生きがいを感じるという一番高い段階においてはね、生きていること、そのことが楽しいんです。
 ヨーガをやりますと、だんだんそうなるんです。



十禅戒 5.『 ごう虚心(こしん) 虚心合掌 只祈る』

 引用は、『 「信念の魔術」の真理 』(謝 世輝著、KKロングセラーズ 刊)から。
 謝 世輝氏:台湾生まれ。台湾大学卒業後、来日。名大大学院で原子物理学博士号。文明・文化史、歴史学に転身。東海大教授。著書に、『成功の黄金律』、訳書に『信念』他。


・ アニー・サリバンは、10歳のとき母を亡くし、 弟ジミーといっしょに 監獄のような救貧院に入れられ、弟はやがて救貧院で死に、一人ぼっちになった。
 14歳でやっとはじめて学校へ、パーキンス学院へ入学した。その卒業式のときの代表演説こそ、彼女がどんな人間であったかをよく物語っている。

 「正しいことをすれば神が守ってくださる」「すすんでこの世の重荷を負い、世の中に役だつよう、あらん限りの力をつくしたい」

 この演説は当時のボストンの新聞に掲載された。彼女が苦しみをとおしてついに信仰心にみちた聖女になっていたことが、この演説から読みとれる。
 パーキンス学院のアナグノス校長はいった。「あなたのほかに、このような難しい仕事をやれる人はいない。すべては忍耐と愛だ。愛をもってやってごらんなさい。愛のあるところ、神様がきっと助けて下さる」と。

 想像を絶するヘレン・ケラーのはげしい暴力に対して、サリバンは、「どうか、ヘレンから愛され、信頼されるようにして下さい。わたしの心がヘレンの心とつながりますように・・・」と神に祈った。

 人間のまごころはおそろしい。ついにヘレンはサリバンのいうことをきき、熱心に字を学び始めるようになった。 サリバンは、アナグノス校長に書いた 「これほど喜びにみちあふれたことはありません。
 奇跡が起こったのです。あのわからずやの暴れん坊のヘレンが、おとなしく、やさしい子に変わったのです」と。

・ 「観世音菩薩さま、お守り下さい」でもよいし、「宇宙根源の神よ、お守り下さい」と呼んでもよい。

 自分の心の納得のいく神に心の中で祈るのである。

 合掌することは、霊的アンテナをつくっているのであり、祈りの効果はその人の信念に比例してくるのである。

・ スターデーリーはかって全米を震撼させた凶悪ギャングの首謀者として投獄され、二度も破獄を企てた極悪非道の囚人であった。

 二度目の破獄が失敗したとき、彼は地下室へ入れられ、両手を上方に縛りあげられ、両手の間に竿を通して半ば釣り下げられ、足を爪先立ちにして立つという刑罰を課せられた。
 この刑をうけて、デーリーは人事不省におちいってしまう。

 そのときである。夢のなかにイエス・キリストが現れ、慈愛の眼でデーリーをみつめた。
 そしてイエスが消えた後に「愛」という文字が大きく見えた。

 この体験をした後、デーリーは全く変わってしまった。

 「すべての消極的な暗黒的な自我を克服して、それを愉快と楽しさと歓喜と微笑とに変えるべきである」「内部の平和が確立するとき、現象の世界の不安は消滅する」など、出獄の前に、彼は人びとに真理を伝えるための文章を書き始めていた。

 人間の信念はまことに驚嘆すべきものである。デーリーは1954年に招かれて来日し、日本の各地で講演したのである。
 この実例は、人生に於いて不可能なことはないという信念をあたえる最も感動的な事実のひとつではなかろうか?



十禅戒5-2 『 ごう 虚心  虚心合掌  只 祈る(コシンガッショウ) 』

 引用は、『 新宗教100 』(新宗教研究会 著、ベストブック社 刊)から。
 新宗教研究会:1985年発足。新宗教に関心を持つ学生、出版社勤務などの社会人、新聞記者、フリージャーナリストなど12人程。いずれも特定の宗教に所属していない。


・ 創価学会:牧口常三郎、戸田城聖の創始。日蓮大聖人の仏法を基調。朝晩の勤行の実践。月1回の座談会は夜7時から1〜1.5時間。山本リンダ、研ナオコ、岸本加代子 他。

・ 霊友会:久保角太郎、小谷喜美の創始。釈尊の知恵を暮らしに生かす生活の仏教。南無妙法蓮華経・朝夕のおつとめ。石原慎太郎、元横綱若乃花 他。いんなあとりっぷ。

・ 立正佼成会:庭野日教の創始。日常に仏の教えを生かす。朝夕1日2回の読経、1回30分程度。先祖を供養、己の心を浄め、意義ある一日を送り、生きがいある一生を目指す。

・ パーフェクトリバティ教団:御木徳近の創始。処世訓21条の2、人の一生は自己表現である。15、一切は鏡である。18、常に善悪の岐路に立つ。21、真の自由に生きよ。

・ 世界救世教:ありとあらゆる病気を背負い込んでいた岡田茂吉が啓示を受けて創始。手をかざして霊を浄める「浄霊法」で病を癒す。崇拝対象は大光明真神(みろくおおみかみ)。

・ 真如苑:伊藤真乗・友司の創始。「涅槃経」の教えを根本に「接心修行」で仏性を開発する。「社会即道場」が教団の教え。沢口靖子、高橋恵子ほか。本部は、東京都立川市。

・ 生長の家:谷口雅春の創始。言葉の創化力を信じる出版による宗教。無代進呈の雑誌『生長の家』で布教が始まり、それがそのまま教団名となる。『生命の実相』40巻、他。

・ 念法眞教:生かされる喜びと神仏祖先への感謝を説く「住みよい世の中づくりの相談所」。小倉霊現初代燈主の夢に阿弥陀如来が現れ、御眞言が授けられる。「五聖訓」、他。

・ 自然の泉:浅尾法灯の創始。自然な「知恵」を重んずる「人間の勉強道場」。病苦の中、大宇宙の大生命である親様からのお告げを自覚、一生は、常に人間勉強であると説く。

・ 霊波之光教会:波瀬善雄の創始。大宇宙神と霊波のつながりを持つことで苦しみから救われると説く。病苦を押して21日の座禅で神示を受ける。心のチャンネルを合わせよ。

・ 白光真宏会:五井昌久の創始。「世界人類が平和でありますように」の標語で知られる。神我一体の悟りを得て、信仰の世界に。崇拝対象は宇宙神(主神)、夜明観世音(本尊)。

・ 中山身語正宗:木原松太郎の創始。み仏のこころにかなった人間への成長を促す。シケで遭難、金比羅大権現に祈って九死に一生を得、信仰に入る。ご本尊は、中山不動尊。

・ 丸山教:伊藤六郎兵衛の創始。信心深い家に育ち、妻の病気平癒を祈る中、「天地の神と同根同体を悟れ」のお告げを受け全宇宙生みの親神への信心を得て、布教活動を開始。

・ 平和教会:棚橋信元の創始。宇宙の一大生命である神に感謝する。1、大きな力に生かされていることを悟る。1、神に感謝する。1、神との約束を守る。1、神に祈る。

・ 神一條教(かみいちじょうきょう):米谷玉水仙の創始。火水風の三元神。火は太陽で水は月、風はその二つより起こる。これを知らないと天の守護は受けられないと説く。

・ 阿吽阿教団(あうんあきょうだん):冨岡俊次郎の創始。船長をやめて船会社を設立、傍ら思想哲学に没頭。64歳の時、阿吽阿の宇宙の本質を知ることとなり信仰の道に入る。

・ 大和之宮(やまとのみや):安食天恵の創始。「万教帰一」。各教祖の本心にさかのぼれば、同じ宇宙真理を伝えようとしている、時代状況に応じて説き方が異なるのみと説く。



十錬戒 1. 『 いち怒れ 怒り心頭 焼け火箸 』

 引用は、『 自分に克つ生き方 』(岡本常男 著、ごま書房 刊)から。
 岡本常男氏:1924年、広島県生まれ。 終戦後、九死に一生を得てシベリアの抑留生活から生還。森田療法で神経症を治し、「メンタルヘルス岡本記念財団」設立。


・ 三洋電機の元副社長・後藤精一氏によると、松下氏が叱るときは「火鉢の中で真っ赤に焼けている火箸を目の前に出し今にもつき刺す勢いで叱った」と言う。人間というのはそのぐらい強いショックを与えて追いつめないと心が変わらないものである。

・ 「人間の最大の悲劇というのは、自分のもっているものは、たまにしか考えないで、足らないものばかりを考えることだ」は、デール・カーネギーの言葉である。

・ 周囲の環境に押し流されやすく、自主性の発揮しにくい人というのは、自分の短所にばかり目をとらわれることが多い。短所の部分にコンプレックスを感じて、自分を責め、力を発揮できないまま、しまいにはノイローゼに陥ってしまう。反対に、周囲の環境にまどわされず、自分の長所を押し出していける人は強い。ここのあたりが人生を左右する大きな分岐点になっている。

・ 人間的に鍛えられていないという見方も必要である。人間的に未熟なままで、観念的な自信だけが強く、虚構の思いこみの世界に住んでいるということに気づく必要がある。  最初に自己中心を指摘してくれたのは、友人であった。だいたいお前は自分を中心に世の中が動いているように考えている。それで通用するはずがない、と。

・ 何事にも時機というものがある。辛酸を経てくれば解放されるとは限らない。まだまだ辛酸な地獄の門をくぐらなければならないかもしれない。これだけは神のみぞ知るということか。運命なり天の配剤を待たなければならないのか。大河ドラマで、老師が信玄に言った「地獄を通らねば極楽に行けんよ」と。機が熟するとはそういうことか。

・ 治そうとしている間は、神経症は治らない。「治そう」という態度が消失し、「ただ行う」という心理的態度がおのずから生まれてきたときに初めて、神経症というものは治りはじめる。

 「ただ行う」という心理的態度にいるということは「現在に投入する」ということに他ならない。現在に没入することで、不安や恐怖心を初めて肯定することができる。森田療法では、行動ということを「行う」とはいわず、「ただ行う」と表現している。

 たいせつなのはいま、今日一日である。欠点の多い自分だが、自分なりに精いっぱいやれば、あとは天にまかせるといったぐらいの心構えが必要である。

 「現在に投入する」とは、いいかえれば、「今に生きる」ということ。現在のみを考えて懸命に行動すれば、不安や恐怖心にまどわされることもなく、おのずから道も開けてくる。

 NOWHEREではなくて、NOW HEREで生きよ。
 現在に全力投球することが肝要である。

・ 人間はほんとうに苦しまなければありがた味がわからず、また心の転回はできないものである。  悩みに悩んだすえ初めて、人の意見が素直に心からうなずけるものである。

・ 仕事でも家庭でも、どうにもならないことが起きたときは、自分のやりかたがおかしいからこういう事態を招いたのだと考え、自分自身の発想を転換していく。自分の心を回転させる絶好のチャンスだと捉えていく。それがポイントなのである。



十錬戒 6. 『 牢獄に キンパング死ぬまで 三十年(キンパング牧師獄死) 』

  引用は、『 教祖 』(村上重良 著、読売新聞社 刊)から。
  村上重良氏:1928年、東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学科卒。東大・慶大講師等を勤める。著書に、『近代民衆宗教史の研究』『日本百年の宗教』、他。


・ 震災後から昭和初頭までの数年間は、戸田の生涯をつうじてのどん底の時代であった。  長女は、 生後半年で夭折。戸田は、愛児のからだを一晩中、抱きつづけて泣いた。
 このころ戸田は、生活難のなかで、中央大学の夜間部で経済学を学びはじめていたが、肺結核におかされ、しばしば喀血して病床についた。妻も重い結核で、翌年、結婚後わずか2年たらずで死亡した。

 妻子を相次いで喪って孤独になった戸田は、酒に悲しみをまぎらそうとし、身の不運を嘆いて、じぶんが死に直面したらどうしょうかと思っては、苦悩した。
  戸田の生家は真宗で、妻が死んだ時、兄から親ゆずりの阿弥陀仏の軸をもらったので、戸田は阿弥陀経をあげ、念仏を唱えて必死に救いをもとめ、また本門仏立講にも近づいた。

  昭和初年には、自分の学習塾に内村鑑三に学んだ生徒の親がいて影響を受け、キリスト教に入信、一時は布教に歩くほど熱心になった。塾の授業に打ち込む戸田の内面では、救いをもとめて、なおも彷徨がつづいていた。
 そのころ、戸田の人生に、日蓮正宗への入信という新しい転機が訪れた。

・ 牧口は、小学校の校長をしていたが、目白商業学校の校長で日蓮正宗信者の三谷素啓に説得されて、日蓮正宗に入信し、池袋の常在寺で受戒していた。日蓮正宗は日蓮の6人の高弟のひとり日興に始まる小宗派で、非妥協的な反主流派を形成していた。

 キリスト教にもあきたらず、決定的な救済の教えをもとめてつづけていた28歳の戸田は、師の牧口につづいて、日蓮正宗に入信し、牧口と同じく常在寺で受戒した。

 あまり熱心でなかった戸田は、三谷に大石寺へ連れて行かれ、御開扉(大御本尊を拝ませる儀式)を受けることになった。その帰りの車中で、大御本尊の偉大な力に心底感嘆することになる。
  帰宅してすぐに阿弥陀仏の軸も焼き払った。戸田は大御本尊への信仰に目覚めるとともに、心底から罰を怖れて、真剣に題目をあげるようになった。

・ 牧口が考えた価値創造の哲学は、人生の価値を美、利、善の3段階とし、人生の目的とは幸福の追求であり、それは価値の創造に他ならないとするものであった。牧口は、ライフワークとして『創価教育学体系』全12巻の著作をすすめることになり、戸田がその刊行をひきうけた。
  同書の刊行にあたる創価教育学会が創立され、牧口が会長、戸田が理事長となり、塾に「創価教育学会」の看板をかかげた。

 同時期、戸田が塾で使用していた教材中心の問題集『推理式指導算術』を、戸田城外の名で自費出版。この受験参考書は、懇切な指導と問題の詳細な分類が特徴で、受験生の間で人気をあつめ、十年たらずの間に百万部を突破するベストセラーとなった。
  戸田は、10年振りに再婚、長男も生まれた。

・ 戦局の不利な推移とともに、国内の思想統制の強化を焦る当局は、天皇制ファシズムの枠を逸脱した同会の異端性を見逃さなかった。

  牧口とともに、戸田は非転向をつらぬいたが、他の幹部はつぎつぎに転向を表明して釈放されるなか、戸田は、獄中でも勤行を欠かさず、ほとんどの時間は、小説や教養書に読みふけり、栄養剤などを差し入れてもらって体力をつけた。

 老齢の牧口は、毅然として取り調べに応じていたが、73歳で獄死。親のように仕えてきた師を奪われた戸田は、悲しみと怒りで慟哭した。

 この苦境のなかで、戸田の信仰に大きな転機が訪れた。



十錬戒 10. 『 天の命 果たさんがため この試練 』

  引用は、『 人生を幸福で満たす20の方法 』(三宮麻由子 著、NHK生活人新書)から。
  三宮麻由子氏:4歳で視力を失う。米ユタ州H.S.に単身留学。上智大文学部卒。現在外資系通信社で報道翻訳。著書に『鳥が教えてくれた空』『目を閉じて心開いて』、他。


・ 「ヨハネの福音書」の一節で、生まれつきの"sceneless(目の見えない人)"を見た弟子がイエスに、この人はどんな悪いことをして光を失ったのですかと尋ねる。イエスは、この人が悪いわけでも両親が悪いわけでもなく、この人に「神の御業が表れる」ために見えないのだと答える。

・ 野鳥と出会ったことで、私はこの箇所の意味が、少しずつ分かってきたような気がする。神の御業というのは、つまりその人に与えられた特有の使命なのではあるまいか。それを果たすために、私にはマジョリティの人と違った世界に生まれる必要があった。

 つまり"sceneless"は、恵みでも試練でもなく、私の使命のために必要な特色だったのではないか。だから、見えないためにつらい思いもするし、幸せな思いもする。そしてこういう「特色」は、どんな人にもさまざまな形で表れているのではあるまいか。目が見えても別な試練がある人もいるし、裕福でも家庭に恵まれない人もいる。偉人でも悩みはあるし、社長さんも議員さんも、みんないろいろと困った問題を抱えていることだろう。

 みなそれぞれに、使命を果たすのに必要な修練として特色を持たされている(天命を受けている)。イエスの答えをそう解釈すれば、困難な状況は真の意味で「特色」として受容され、いかされるのではないか。

・ そこを素直に受け入れれば、私たちは勇気をもって生きて行ける。そして「これでよかった」と言いながら、幸福な日々を過ごすことができるのではないだろうか。

・ 使命を果たせる人とは、有名な人や偉い人を指すのではない。それは「使命(天命)の自覚」をはっきりもてる人ではないだろうか。どんなに小さな行いでも、利他の心によって動いた人は素晴らしい地の塩の働きをしたといえるのではないだろうか。

 その地の塩になれる人、なれたと確信できた人が、魂のレベルで不変の幸福に到達できるのではないかと思う。

 幸福の源は、こうして「使命の自覚」と「己の存在意義」を感じた人の内側から、泉のように湧きだしてくるものではないかと思う。

  きょうからできること
 あなたに与えられた使命は何なのか
 じっくり考えてみよう

・ 冷静に考えてみれば、私たちは実にさまざまなものをもらっている。特に試練が終わったときに「もらっているもの」を考えてみると、その莫大さにしばしば驚かされる。

 言うなれば、私たちはプレゼントの山のなかにドサリと生まれ、人生を生きる過程でそれらをひとつひとつ開け、そのプレゼントに気づかされていくのではあるまいか。開けても開けても尽きないプレゼントの山、それが私たちの人生なのではあるまいか。何よりも、私たちは試練に直面したとき、それを乗りきる手段やヒントを必ずもらっている。

 ここに気づくことができた人こそが、幸福力の持ち主なのではないだろうか。 「もらっていること」を実感できれば、必ずや幸福で満たされることだろう。そして人生は、幸福なものとなるだろう。