21世紀!私の好きな佐伯計画

 
キーワード:
 『さ』:先駆ける:『佐伯よくしょう会』
 『い』:インターネット活用:まず『町作り意欲日本一』
 『き』:教育『100年の計』

1.3つの基礎提案

その1.急激な変化に対応できる町作り組織の開設
 
 畑野浦トンネルが開通するや、マリーンカルチャーが開設され、マンボーが現れて、長い間陸の孤島を続けていた蒲江の町が、急変貌を遂げました。
 10年先はおろか、5年先の予測も難しいこの頃です。引き続いた地元企業の倒産にしてもそうでした。
 最近の時代の流れは、とても予測しがたいものです。『インターネット』によるこの5年あまりの間の世の中の変化はまた、とりわけ目を見張るものがありました。21世紀はどれほどの変化を遂げるものか。100年先のこととなると、まったく予測不可能です。これはとても一人の力だけで予測できるようなものではありません。皆の協力が是非に必要です。
 皆の協力を求めて、この企画も打ち出されているのだと思いますが、21世紀のための、100年に渡る佐伯計画では、そういう変化に常に先んじて対応できる、先駆けて計画立案をするような「組織グループ作り」が、まず必要だと思います。長期に渡って継続的に計画し、必要に応じてそれを変更し、実現しようと努力していく、そして関与する人全員が参加できるような、そのような形の組織をまず作ることです。
 急変貌する21世紀に対応するために、そのような時代の変化と、地元の将来を先読みする会、『佐伯よくしょう会』の設立を提案します。
 
その2.官民合体で、まず町作り意欲日本一を目指す
 
 『インターネット』で「町作り」について検索すると、情報はすでに日本中の各地から、相当な量が発信されています。うちの町こそはという思いで、色々な工夫と実践がなされおり、それぞれ町作りの意欲を一点に集中させて、参加者全員の意見が反映するような方向を指向しているように思えます。
 まず、遅れているところは追いつき、そして追い越せで、先進地区に学びこれを取り入れて実行していく必要があると思います。
 『インターネット』の活用は、何よりも急がれるので、早急にハード・ソフトの両面で、対応できる体制に近づける必要があります。できればどこよりも速い対応が望まれます。
 役所にも、情報政策課などの部署を設置するなどし、佐伯に気持ちを寄せるできるだけ多くの人々とつながり、情報を発信し、情報・意見を吸い上げて、集約して実践に移すことができるような体制にする必要があると思います。
 
{ ○ 情報プラザ光幹線網整備<3月号,2001月刊地域づくり>
 
  長野県塩尻市では、地域情報基盤の整備促進のため、高速情報通信社会を体感できる「塩尻情報プラザ」を整備。また、地域ネットワーク化によって、市民生活の利便性を高め、教育・文化・福祉・企業活動を活性化させるための「市内光幹線網」を整備。さらに、市民や企業のインターネット活用を図るために「塩尻インターネット接続機構」をつくった。これらは平成12年4月に運用を開始した。情報化プラザでは、情報化のための研修会、体験ギャラリー、技術相談などを恒常的に実施・解放している。また、市内光幹線網の利用では、国や民間企業が行う高度情報化のためのハード・ソフト開発実験プロジェクトに参加したり、本庁や支所、学校在宅介護支援施設を結んで、行政情報ネットワークや教育学習ネットワーク、おもいやり介護ネットワークを推進している。これらの地域情報基盤のすべてを市が実施することによって、人材育成、技術の定着と普及、さらには民間にも情報化ニーズの増大による投資促進といった効果が表れている。 }
 
その3.四教堂の精神を見直す
 
 『教育』面を強調している町作りグループが所々で目に入りました。時代変貌の激しい21世紀に対応するためには、100年先を見込んでの教育に力を入れることが必要ではなかろうかと思います。人作りが町作りの基本であると思います。
 地元佐伯の教育の指針であった『四教堂』の教えは古いものとして形の上でしか残っていない感がありますが、『文行忠信』の『忠』を、心の中、真心と読み替えて、佐伯の教育の根幹に据えてはどうであろうかと、これも新たな提案です。
 今この荒れた時代の教育のあり方にとまどいを感じていない人はいないのではないでしょうか。
 『教育100年の計』にこそ、21世紀の佐伯のあるべき方向がしめされるべきだと思います。
 地元の子ども達に将来を託したいという思いは、佐伯市のホームページに『サイキッズ』という言葉で表され、『佐伯の子ども達』へ呼びかけられています。『四教堂』の教えも、『佐伯の昔話』も共に、子ども達に向けられたものです。
 『文』は学問の大切さ、『行』は行いの大切さ、『信』は信念の大切さをいうものです。『忠』は真心、思いやりの大切さを言っていると現代風に教えてはどうでしょうか。
 { 忠 = @いつわりのない心。まごころ。<広辞苑> }
 思いやりのある子どもは、郷土を愛する子どもになるはずです。より良い町にしょうと願い、その思いを実践しようと努力するのではないでしょうか。そのような子どもに育ってほしいものです。
 2050年には、65歳以上の人の割合が32.3%になるといいます。これからは高齢化が更に進みます。子ども達は、飛び立ち佐伯を去って行くかも知れません。しかし、故郷を愛する子どもは、佐伯を心に強く留め置くなら、見聞した知識、自分の考えをこの佐伯に送り続けてくれるでしょう。
 退職後は是非老後を佐伯で送りたい、そのような町作りを目指したいと、願うようになるのではないでしょうか。
 
 
2.佐伯よくしょう会

(1)この会の目的 
  佐伯をよくしようと考える人々が佐伯を住みよい故郷(ふるさと)とするために、みんなで協力し、考え、話し合い、工夫し、具体的に実践していくことで、佐伯をよりよくしていこうとする会である。
 
(2)スタートの方法
 
  趣旨に賛同する会員を募り、最初、少人数で話し合いの場を持ち、その話し合いの中で会を大きくする方策を練る。趣旨目的・運営方法等をはっきりさせ、市報、インターネット、同窓会等を通して、それを伝え、会員を増やす。
  ボランティアで最初のグループを作り、自治体の協力等も得て、スタートさせる。
 
(3)将来的には
 
 1.会員を増やす.
 
   市報、インターネット、各中学(高校)同窓会、商工会議所青年部、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、佐伯南郡振興局、業種別交流会、各種活動サークル、他、可能な限りの手段を通じて、会員を増やす。
  ・一般会員:個人、 
  ・賛助会員:法人、
  ・運営会員:佐伯在住の中高年(現役・退職者等)を中心に、インターネット経験者を含めて、運営に参加できるボランティアで構成する。
 
 2.同窓会を中心に、佐伯出身者・関係者に呼び掛ける:
 
   各中学(高校)の同窓会長を中心にお願いし、各校の各卒業年の同窓会代表を通して、各人に、佐伯市・南郡の将来をよくするための『佐伯よくしょう会』であることを伝える。
   趣意書を、手渡せるよう配布する。企業代表の人、政界、財界、海外で活躍の人まで、幅広い層に話を持ちかける。できるだけ多くの佐伯南郡の関係者が参加できる体勢に持っていく。
 
 3.佐伯市のHPに、『よくしょう会』コーナーを設ける
 
   自治体(市役所)とできればボランティアとで、協力して、ホームページを開き、佐伯市のホームページにも『佐伯よくしょう会』のコーナーを設け、ボランティアでこれを管理する。
   このコーナー、またホームページ等を利用して、町作り参加を全体に呼びかける。
 
 4.メーリングリストで、情報発信、要望・意見収集
 
   すでにかなりの市町村で、メーリングリストが利用されているので、これを利用し、できるだけ多くの人に登録するように  呼びかける。情報を発信するだけでなく、遠隔地・海外からも佐伯をよくするための情報が得られるようにする。
 
  { メーリングリストとは:登録されたメンバー全員に同じ内容のメールが配信される仕組みのことです。そのメールを返信すれば、返信メールもまた全員に配信されるので、座談会のようにメールを使った議論ができます。<富山県山田村情報センター> }
 
 5.『センター』(交流センター)を設置する:
 
  1)場所を設ける
 
   常時、町づくりの話し合いが自由に行える、情報発信収集ができる場所を確保する。仲町商店街に、活性化も絡めて、空き店舗を利用するなどして、気楽に寄り合うことができる場所を設ける。
 
  2)センターの設備
   ・談話交流室(大・小)   ・インターネット情報室
   ・町づくり関係資料室    ・管理事務室 他 等 
 
  3)センターでの例会、談話会と活動
    いつでも、ここにくれば、佐伯の将来について語り合える。町の人誰でもが、話し合いに参加できるようなオープンな体制作りを目指す。友達の輪を作り、後では、アルコールを交えての話し合いも続けられる、そのような和気藹々の場所とする。ここでできる人間の輪、出会いから何か新しいものが生み出せる、そのようなセンターとする。交流討議・調査・共同研究研修の、情報センター、情報発信地。 
  ・定期的に集まり、経験とアイデアを出し合い、情報収集を進め、それを検討する。
  ・メーリングリスト、eメール投書、電話、ファックスで意見アイデアを寄せてもらい、それを検討する。 
  ・町づくりに関するインターネット資料書籍を集め、研究する。
  ・経験とアイデアのある人を外に探し、その経験とアイデアを吸収する。
  ・町づくりに成功している地域を、情報を得て、研究する。
  ・//、訪問見学してノウハウを生かす工夫をする。
  ・その道の経験者・専門家を招き、皆で学習する。
  ・現状分析、問題点検討、対策、協議、・・
  ・上から眺めて、土地利用・交通網・道路計画・町並みも
  ・長期的展望、最大限の情報を収集し、有効な施策を練る。
  ・将来構想をその都度公表し、批判を受けつけ、これを改良、練り上げる。
 
 6.行政の諮問機関としての働きができるようにもっていく
 
   NPO(民間非営利団体)法人として、行政・企業から独立して進めるのも一方法であるが、皆で「佐伯をよくしよう」という趣旨のもと、協力し、市長を皆で育てて作っていく等、最善の方向を指向する。行政の諮問機関として働き、佐伯の持てる力が十分発揮できるよう、全員参加の輪作りを目指す。
 
3.佐伯市特別育英奨学金』制度
 
  将来佐伯に帰って、佐伯のために働くという意欲ある郷土を愛する子どもに、奨学金を出すという制度です。教育者になると返済を免除するという現在の教育奨学金の制度にならって、佐伯に帰って来て就職したら返済を免除するという形にする。
  子どもを地元に置きたい親が多いに違いないから、親子で小さい頃から頑張ったりしないであろうか。そう簡単に子ども達はそれにつられて頑張り始めるとも思われないが、親たちは意識するかも知れない。
  次の市長に誰を選ぶかということになると、その度に、選挙近くになって人を捜すような状況があります。出来れば、計画性を持たせてやる方がよいはずなので、ずっと早い時期から政治家候補を養成するようにする。極端にいうと、現在の子ども達の中から、それに相応しいやる気のある人物がでることを予測して、そのための奨学金を準備する。我々の町のリーダーを今の子ども達の中から育てていこうという計画です。
  市長になる気のある人には奨学金を出す。政治部門だけでなく、スポーツ指導者であれ、ラーメン屋・カレー屋であれ、佐伯に帰って郷土のために働く意欲のある人を優先する。
  問題点はその資金源です。市にこれを仰げば幾らくらいの応援が叶うか。他に方策はないものかどうか。
  野球のイチロウー、ゴルフのタイガーウッズ、映画監督のスピルバーグ等、いずれも小学校の時から、父親の影響と教育で今があると聞きます。小さいときからの教育・環境がいかに大切であるかは、明らかです。幼稚園児に将来なりたいものを聞く番組が時々放映されますが、市長・総理大臣になりたいという人がいない。どうにかできないかという思いです。
  『キッズ』に目標を持たせる。将来は、私の好きな佐伯のために働きたい、そのような佐伯の町にしなければなりませんが、目標を小さい時分から持って頑張りたいというやる気のある子ども達を育てることがまずは一番しなければならないことではないでしょうか。
  佐伯は、教育の町であるという評判が立ったら、これは素晴らしいことです。7人の総理大臣を出した山口県は、教育県であり、吉田松陰の出身地です。松陰のような教育者が子どもを教育すれば子どもは変わるに違いありませんが、大人である教師に今急に変身を臨むことはいかにも難しい。21世紀を考えるとき、教育に投資をしなければならないのはこと奨学金に限りませんが、意識づけを親たちにもさせるという意味で、花火を打ち上げてはどうでしょうか。
  母親・父親が子どもをその気にさせて頑張らせれば、子供はそのことを敏感に感じてその気持ちを受け継ぐに違いありません。
奨学金は、子どもに夢を持つことを奨励するものです。佐伯をよくしようという願いからの発想です。
  若者を育てる方策を練りたいのです。
4.佐伯ロマンルート
  北九州から宮崎にかけての東九州高速道路を、リフレッシュ&ヒーリング街道とするという構想があります。この構想にも沿う、佐伯南郡振興局のホームページにも紹介されている四季のお勧めコースからアイデアを得ての、佐伯ロマンルートの提案です。
 県南地区にできる二つのインターチェンジ(高速道路出入口)、佐伯と蒲江をそれぞれの起点にして、佐伯から蒲江、また蒲江から佐伯に至る高速道路をはずれたルートを、県南地区の観光ドライブルートとして、生かそうというものです。春、夏、秋、冬とそれぞれの季節に合った、季節のルート(春のルート:城山公園、豊後くろしおライン、仙崎公園、マリーンカルチャー経由/夏のルート:大入島公園、鶴見崎東端、豊後くろしおライン、マリーンカルチャー経由/秋のルート:番匠コスモス公園、森林公園、宇目リア経由/冬のルート:本庄、直川鉱泉、宇目リア経由など)を観光用にお勧めドライブルートとして作るというアイデアです。
 どの季節に来てもその季節のルートが楽しめる。ルート沿線上に季節の花木(夏ルートには沿線にひまわりを、秋ならコスモスなど、冬には椿、山茶花、ウメ、桃など、春には桜、菜の花など)を、準備して、観光客を楽しませる。振興局のアイデアをそのまま採用、その上でそれぞれの花木をそこに住む住民で植え込んで育て、観光用に供するというものです。
 更に、行政指導で、花木のコンテストを行い、各ルート上で、できのよい上位者グループに賞金を努力賞、援助金として付与する。そうすることで、佐伯ロマンルートとして生かしてはどうであろうかと思うのですが。
 高速道路はすぐにも開通、また将来は、太平洋新国土軸(紀伊半島・四国九州・沖縄・黒潮海流沿岸経由)の豊予海峡ルート交通軸ができる予定であり、高速道路の利用者は増えることが期待されます。宮崎の花フェスタに負けないような、四季を通じての花のルートで集客効果をねらってはどうでしょう。
 
 花壇コンクール
 
 花いっぱい運動は、かなりの地区の「地域おこし」の活動に組み入れられています。フラワーロード、山茶花の植樹運動、花のユートピア、四季を通して花で飾る、家庭の庭先なども花で装飾、主要道路の道路端への花木栽培、老人クラブや子供会による花壇の管理、各学校の花一杯運動、公園の整備をボランティア活動で、「花と緑のコンクール」、コンクールによって花の町作りへの市民の意識高揚、自治体が花苗の配布と花壇管理報奨金を支払う等々です。
 「花壇コンクール」も、スポンサーを佐伯の園芸店、農園などにお願いしてする方法もあるのではないでしょうか。
 花の町、癒しの町としてのイメージを内外にアピールし、観光や産業の起爆剤としていくことができないだろうかと思います。
 
5.グルメワールド(フードピア)』
 
  今からでもできることとして、海の料理というのはどうでしょう。佐伯は、寿司が美味しいことで知られており、世界一をうたい文句にもしています。 そこで、寿司だけというのでなく、「世界の海料理」を売りに出すのも一案ではないかと思うのです。
 「海賊焼き」はすでに佐伯有明にある日本風海料理ですが、北欧のバイキング、カリブの海の料理、沖縄料理、北海道のカニ料理とかが楽しめるようにする。最近ですが、産地直送の毛ガニを予約で申し込んで佐伯で食べたことがあります。直送にするなどすれば、決してできない相談ではないと思います。
 将来は、広域合併で、臼杵と津久見が、またその先は農業振興を考えてとかで30万以上の広域合併とかも考えられているとか、臼杵のフグ、津久見のマグロステーキ等も巻き込んで、今から一緒に売りに出すのも一方法です。
 佐伯は、寿司と言わず、美味しいものを食べさせる町で売りに出してもいいのではないでしょうか。 東京、伊勢丹で行われた「佐伯の寿司」では、1時間半待ったとの情報が入っています。名が売れれば、将来的に決して不可能なことではないと、期待するのです。
 
・ 佐伯 生き生き 粋な街、 美味しいグルメの 夢の街
  さー行きましょう 佐伯まで
 
  佐伯 生き生き 粋な街、 寿司と さかなと 恋の街
  さー生き作りを 食べましょう  
 
  佐伯 生き生き 粋な町、 花と  出会いの 愛の街
  さー行きましょう 佐伯まで            (改良の余地大いにあり?)
 
 「海の料理」を発展させて、「世界の料理」(『グルメ・ワールド』)と、話を大きくすることもできるかもしれません。これでもっと人集めができないかものかと思います。
 大分市で、スペイン料理店が新しく開店したのは昨年のことでした。フランス料理、中華料理などはすでに佐伯にもあります。佐伯の住人だけが来客でも成り立っているということですから、できない相談ではないでしょう。イタリア料理、ロシア料理、メキシコ料理などと、色々な国の料理を計画的に、一ヶ所に集めて、美味しいものを食べさせる。そんなことができないものでしょうか。
 ヘリポートの近くからの海の眺めは相当によいので、海岸沿いに美味しい料理を食べさせる、宿泊もできるような、大きなグルメビル等、できないものかと考えます。
 人間の食べるという本能に訴えようというアイデアです。名が売れれば、人も集まるのではないかと思います。まずは、「海の料理」から始めてみると良いのではないでしょうか。 
 この料理についても、横浜の中華料理店に、奨学金を出して勉強に出すなど、興味次第ではフランスまでフランス料理の勉強に出す。よく、ラーメンの味比べのような番組がテレビであります。大分県内でも、うどんの美味しい店とかがあります。カレーの味なども、ある店は、味で客を集めています。美味しい全国の有名店の出店を佐伯に呼ぶなどもできるのではないでしょうか。
 いろいろ皆で、智恵を寄せ合って考えれば、かなりなことができるのではないかと思います。
 実際、美味しいものが老後に食べられるという夢だけでもあると、個人的にも喜ばしいことなのですが。
 
6.Psyche(サイキ)』:シンボルマーク
 
 Psyche[サイキ(-)]:これは、発音がまったく「佐伯」と同じ英単語で、ギリシャ神話・ローマ神話に出てくるキューピッド(Cupid)が愛した、蝶の羽を持った美少女(魂の化身)の名前です。
 もっと佐伯を売り込むことから始める必要があると思います。そのためには、世界にも通じるような、佐伯の名前が印象づけられるものとして、佐伯の名を焼き付けることのできるようなシンボルマークを採用したらどうであろうかと思います。
 蝶の羽根を持った美少女のイメージをマーク化して、佐伯のホームページ(特に英語版)などに使ってはどうでしょう。一度聞いたら忘れられないような印象を与えることのできる策ではないかと思うのですが。
 ホームページでは、羽根を羽ばたかせたり舞ったりさせて、目にとまるような形にするのも一方法です。図案は、一般に呼びかけて、賞金を出して募集するとか、専門家に頼むなりして、将来に残せるようなものにしたらどうでしょう。
 そして、佐伯のPR役をPsyche(サイキ)に頼んで、佐伯の名前を世界にまで売り込んではどうでしょう。
 
 寿司列車が佐伯にまで来たことを知らなかった。知っていたら対応の仕方もあったのに。事前に知らせてくれたらよかったのにと残念がる人がいました。
 東京の寿司のデモンストレーションのことを知っていた人は佐伯にどのくらいいたろうか。と、情報が伝わってこないことをぼやく人にも出会いました。宣伝活動の不足があるのではないでしょうか。情報が流れていないように思います。
 まずは情報を発信する必要があると思います。
 情報を発信して、佐伯のことを知ってもらう必要がある。
 佐伯の名前をまず知ってもらおう。
 佐伯のイメージをシンボルマークでもって印象づけるというアイデア。
 ちょっと奇抜すぎるので、どうかとも思いますが。
 
7.地焼酎
 
 由布院など、地ビールの話をあちこちで聞きますが、佐伯は地ビールが無理なら、地元の焼酎を皆で飲む運動を起こしてはどうでしょうか。「二階堂」、「いいちこ」、「なしか」の宣伝とネームバリューに押されて、お店の中で場所を占めている二階堂についつい手が伸びたりします。しかし、二階堂でなけければならないという理由はそれほど強いものではないと、常々思っているのです。
 地元の「香吟のささやき」を飲んでみたところ、度数と醸造法こそ違え、結構いけるのです。ところが、地元のある酒屋さんに電話をしたところ、地元狩生酒造のその銘柄は置いていないと言います。「どうしてもお客さんに人気のある銘柄を置くようになってしまうのです。前、樽からの量り売りをしていたとき、銘柄を間違えて『やっぱ〜はいいのー』と言って飲んでいた人がいたので、味の違いはあまりないのではないですか。皆さん、有名なものを飲む傾向がある。人はまず耳と目で飲むようです。」とのお話。
 地元に焼酎がある以上、皆で飲み比べ、コク、甘辛、香り等、自分の舌で試して検討してみてはどうでしょう。甘辛、少し違いはあっても、分かるほどの違いはないと、専門家も言っている状況があるそうです。
 普通は値段の点から、国内産の麦を使わない所を、地元の応援で、それ専用の麦を植えて、その名も『むぎゅ』という焼酎が佐伯でできているそうです。九州でも1、2位の名水を使い、決して他所のものにひけを取るものではない。また、「焼酎は、麦と、水と、人とで作る」と言われているが、そのどれをもカバーしている美味しい焼酎であるといいます。PRが足らないようです。
 PR活動を、他地区に負けないだけのものにするということもありますが、まず、地元の集まりや贈答品等には、地焼酎を使おうということにしてはどうでしょうか。
 できるところから始めてみる。
 新しいものを更に開発するとかして、二階堂・いいちこ・霧島に対抗して頑張ってみるのもいいのではないでしょうか。味も負けないようなものが開発できるなら、なお結構です。
 目と耳で飲むというのも本当のことかもしれません。もっとデザインにも知恵を絞って見た目も良い味も美味しそうに感じられるラベルとかを協力して知恵を出して作るとか、色々方法もあるのではないでしょうか。
 佐伯の焼酎を1本化し、ネーミングを考えて、『Psyche・さいき焼酎』など、「さいき」の名前をつけて、PRする。更に、海外に売り込みをかける位の勢いがあってもいいのではないでしょうか。
 
8.『さいき寿司』には、『さいき茶』を
 
 車で来たお客さんには、アルコールは勧められません。さいき寿司にはさいきのお茶、『因尾茶』が合うのではないでしょうか。
 寿司に、お酒は付き物ですが、その際も、上がりは、美味しいお茶を飲みたいものです。
 因尾茶はこれまで、あちらこちらの物産展等に出向き、その場で試飲してもらって、独自にPR・販売活動をしてきているとのことでした。因尾茶のPRを、さいき寿司と一緒に行えたら、相乗効果があるのではないでしょうか。
 秋祭りには、是非、寿司を食べたら、すぐ隣で、因尾茶を飲めるよう、セットで出店を設けるなどしたらどうでしょう。緑の色がこのまれる傾向があり、釜煎りの色がどうもと言われる向きはあるけれども、値段の点も運送費分安く、地元寿司組合にはとりわけサービスしますからというような責任者のお話でした。玉露とかよりも高めの温度で飲める。また玄米茶にしても香ばしさが生きて好きな人も多いとのことでした。是非、さいきの因尾茶を知ってもらい、地元でも飲んでもらい、さいき寿司とさいき茶、地元物産が協力して、対外的なPR、売り込みを一緒にやってはどうであろうかという、提案です。
 焼酎も同じことが言えます。佐伯の焼酎を目のつくとことろに置いてもらう。『焼酎は何にしますか。佐伯の焼酎もうまいですよ』、とPRしてもらう。  
 
9.蒲江の貝画
 
 蒲江に『貝画』あり。あまり知られていないのではないかと思います。聞くと『貝画』教室を開いて10年以上、弟子になるような人もかなりできており、商品化ができる段階にあるというのです。自治体の応援があれば、かなり有力な新しい地元産品、お土産特産品にすることができるのではなかろうかと思われます。 地元の貝殻を使って、色々な貝の形と色を生かして作る、貝で絵を描く形の造形品です。『山セミ』などは、縞模様の小さい貝が羽根の色に合い、30センチ×40センチ位の枠の中に実物そっくりにできたもので、貝でできている珍しさと相まって見栄えもいい立派な作品になっています。
 造形クラブとして、児童・一般に、貝画の作成に挑戦させる試みも継続されているそうで、参加体験学習の1コースとしても実績上げているとのことでした。
 貝画作成のノウハウを地元に定着させ、特産品として売りに出せるのではないですかと話を持ちかけたところ、遠く鹿児島からも注文があり、量産化もできるとのことです。
 特産品開発に力を入れるということも、提案したいことの一つです。いりこキーホールダーの技術も、あれだけの技術があれば第二、第三のヒット作品が生まれるのではないかと期待しています。佐伯のお土産品、工芸品として、行政の応援で、貝画の量産化、特産品化ができないであろうかと、提案したいと思います。
 
  貝殻人形展
 
 『貝画』の技術を生かして、貝殻人形展というものを、コンクールのような形で、実施したらどうでしょうか。夏祭りか、秋祭りに、菊人形展と同じような形にすれば、実施できないことはないと思います。
 緋扇貝とか、さざえとかを使って、武者人形とか雛人形とかを作って競わせる。これもスポンサーとして、人形店やおもちゃのお店等に参加してもらうなどすると、参加者も楽しめて、磯料理の町佐伯のPRにも役立てて、面白いのではないでしょうか。
 
10.緒方記念美術館
 
 南海病院の絵画の素晴らしい内容と分量に気づいている人が、多くいるのではないでしょうか。数年前まで、佐伯で美術館建設の話が持ち上がり、大騒動がありましたが、当時、この南海病院の絵画を一般展示に使わせてもらえるなら、作品購入費が浮くのではないかと期待する気持ちがありました。作品の利用が可能かどうか半信半疑でしたが、リースのものは皆無で、すべて病院所有の院有財産である。前院長緒方保之氏のほとんど個人的な蒐集努力によるものであるとのことでした。美術館でもできれば、許可を得てすべてを貸し出すこともできるかもしれないというような好意的な対応を受けました。
 故人の労に感謝して、館名を『緒方記念美術館』として、これを佐伯の財産として使わしてもらってはどうであろうか。これだけでも、佐伯を訪れる価値があるほどに、すべて一作一作が選りすぐりの、「こころを癒すことを目的にした絵画ばかり」なのです。そこが、他の美術館と一番違うところではないかと、自信をもってお勧めできるような作品群なのです。必ずや、佐伯の名所となるに違いないと思います。
 美術館建設費について、先の美術館の予定建設費はいくらだったのでしょうか。20億とか、そのような額であったかと思いますが、その半分くらいの12億ほどで、少額ではありませんが、できるのではというような荒計算でしたが、こたえてもらいました。維持費とか、運営費、入館料とか、細かい計算はできませんが、前計画の美術館に比べたら、作品購入費をカットして、半分くらいの費用で実現するのではないか。また、作品のすばらしさに感動した一人として言えることでもありますが、どこの美術館にも引けを取らない立派な美術館になるであろうことが予測できるのです。費用が、半分近いということで、以前半分近くの賛同者もあった、美術館建設、是非踏み切ろうではありませんか。
 建設の場所については、広く市民の声を聞き、21世紀を見渡して一番よい場所に決めることができると思います。
 芸術的、観光的な意味からばかりでなく、心の時代21世紀に向けて、人々の心の癒しを図ろうとするという意味で、大きく貢献するのではないでしょうか。
 
11.佐伯サウンド・ホール
 
 小泉首相が軽井沢に静養に行くときに、音楽CDを4,50枚も持参したというニュースが流れていました。心の安らぎに音楽(と映像)ほど良いものはないのではないでしょうか。
 そこでの提案ですが、音楽堂を建設し、誰でも好きなCD、DVDを持参すれば、最高の音が楽しめる、個人では購入できないような、音響装置を備えた音楽堂を作ってはどうでしょうか。
 退職金で、かなりの音楽装置を買うことが唯一の夢でしたが、それでもそんなに高級なものは買えそうにありません。
 本物の音楽に近いものを聞かせることができれば、感動も本物に近いものが得られます。自分の手持ちのCDを持ち寄ることで、人をも楽しませることができる。そんな音楽堂が実現するとよいがと、夢のように思います。
 昔、西島時計店の二階で聞かせてもらった、ステレオコンサートの『新世界』と『ハンガリー狂詩曲第2番』の感激は、高校時代から今に残っている忘れられない想い出です。
 金のない若者に贅沢な気持ちを味あわせてやりたい。そんな楽しいものもある、若者に喜ばれるような町に一歩でも近づけるための策として、音楽堂の建設、いいのではないでしょうか。
 
12.佐伯スポーツパーク
 
 佐伯総合運動公園の活用について、バスの運行を大分バスなりと交渉して、一日に数本でもいいから運行させてもらえないものかと思います。施設の充実度はかなりのものですが、利用者が大変少ない。最近、子ども向けの遊園地ができたばかりですが、あまり知られていないのか、人が少ない感じです。
 ぶらっと出かけるのにも最適な場所ではないかと思いますが、民間の小型バスを交渉してお願いするなどの方法もあるのではないでしょうか。
 ここを花木で四季を飾り、更に、軽い食事もできるスタンドやあずま屋などを備えれば、ちょっとした観光ルートにもなると思います。スポーツパークをもっと市民が利用しやすいような方向に皆で考える必要があると思います。
 
13.佐伯百景フォトコンテスト
 
 九州最東端、鶴見崎を始めて訪問した時、360度パノラマのその景色の良さに、いつまでもそこに居たい思いがしましたが、連れの若い単身の外国人も大満足、国の両親を是非ここに連れてきたいと絶賛しておりました。
 城山から見る朝日も日によっては時間よ止まれといいたいほどに神々しく感じる時があります。
 最近市報で、佐伯の風景の写真コンテストのことが目にとまりましたが、これを『佐伯百景フォトコンテスト』として、腕を競うとともに、佐伯の景色の良いところを掘り出す、またこれを観光用にも使えるように利用するという形にして、町作りに供したらどうでしょうか。リアス式海岸の特徴を生かした景観等をホームページにも載せて、大いに売り込んだらどうでしょう。
 その際、プロとアマが共同で参加できるように、どのようなカメラでとっても、場所と日時だけがあれば応募できる形にする。風景だけでなく、人物を入れた風景、イベント等も歓迎という自由な形にする。参加者を増やし、やる気も出させると言う意味で、上位入賞者に賞金を準備するなどする。
 8月30日に合同新聞に、久住高原フォトコンテスト第8回の作品募集が載せられましたが、応募要項、主催後援、特別賞等、大々的で、皆でPRに頭を絞って努力している様子が伺えました。
 キャノン(地元蒲江の出身の御手洗毅氏が、創設者)にスポンサーをお願いしてみるなどもどうでしょうか。
 
14.交流パーティー』若者高齢者対策
 
 10年ほど前、男女交流パーティ(クリスマスパーティ)を持ち、10分ごとに席を変わってもらい、対面する相手を変えて話をさせるという、かなり手の込んだお見合い形式の出会い交流会を持ったことがあります。
 小規模でしたが、かなりうまく行き、第2回はないのかと聞かれたりもしました。このパーティは、出会いの場を作ることが必要ではないかという提案に、賛同する人が現れて実現したものです。このような会を、若者が帰ってくる盆暮れに行うと活気づいていいのではないかという若者対策的なことを、当時も、皆が考えていました。
 噂ではその会の後ペアができて結婚したという話もありました。そういう若者を育てようとする意欲があるということを若者が感じるような雰囲気があれば、地元に残ろうとする若者も出るようになるのではないかと期待します。
 これは若者に限らず言えることです。近所に独り者の、お年寄りが、だんだん、目につきます。話をすると、老人会の集まりがあり、そこに面白くない人がいると、出席もしたくなくなるというようなこと、しかし一人は寂しいというようなことを話しておりました。そのような会があれば参加したいと言っておりました。
 誰かが音頭を取る必要がある。とすると、やはり「佐伯よくしょう会」など、そういうグループの中に、世話係があればできないことはないのではないかと思うのです。
 
15.老後が楽しめる町
 
 千葉に住む、佐伯出身の中年夫婦に老後を佐伯で暮らすつもりはないかと問いかけてみたところ、家もあるし佐伯に住んでも、楽しみが得られそうにない。親戚の人や幼なじみ、同級生もたくさん住む地元にできれば帰りたいと思うが、千葉人になってしまった。同じ思いをしている人がきっとたくさんいるに違いないという返事でした。東京に住むもう一組の退職を控えた夫婦は、田舎は田舎の良さがあるがと、こちらも強いて帰るつもりはないという返事。仕事をやめたら海外で生活をするつもりであるという人にも、二組ほど出会っています。
 老後の生活場所については、少しだけ気持ちが揺れている部分もあるようでした。
 生活費の高い都会の喧噪を、できるなら離れて、穏やかな気持ちで余生を送りたい。高齢者を迎える受け入れ態勢と、帰りたいと思わせるような魅力があれば、田舎に老後は住みたいけれど、とそう言っているように思えました。
 若者に魅力ある町作りももちろん、射程に入れながら、老人福祉対策に力を入れ、高齢者を支える町、高齢者が楽しめる町を目指す必要があると思います。 
 「老後を佐伯で」が合い言葉になるような町に、老人にやさしい町にすることができればと思います。
 住みやすい佐伯に、妹夫婦、姉夫婦を呼び戻したいのです。
 美味しいきれいな水が飲める。公害がなく、何よりもきれいな空気に恵まれている。美味しいものが食べられるのです。
 そして、四季を通じて花や木が目に美しいこと、他所に負けない福祉施設と福祉サービスとの行き届いた町であること、佐伯は高齢者にやさしい町であることを言いたいのです。生涯教育に力を入れており、文化活動も活発で、何よりも人情味豊かで、心が癒される町、佐伯。ネットでつながり、故郷佐伯にいて、世界とつながった生活ができる。そんな佐伯であることを伝えることができたらと思います。
 
 
 
海外研修生に3人を選出<5/18,2001大分合同新聞>
 
 大分上野丘高校の同窓会派遣事業・海外研修生選定証授与式が同校でであり、研修生に選ばれた3人と保護者らが出席。同校同窓会は、国際的視野を広めてもらおうと、研修費用を負担し1990年度から毎年、夏休み中に生徒を米国などに派遣。これまでに33人が参加している。二宮会長が「21世紀は国際化時代。米国のさまざまな面を自分の目で確かめ、多くのことに挑戦してください」と激励。校長も「積極的に人と交わり、たくさんのものを吸収してきてほしい」と話した。研修生の代表が「語学修得だけでなく、将来につながる体験をしたい」と決意を述べた。派遣期間は7月29日から8月26日まで。サンフランシスコの郊外でホームステイしながら、語学学習、企業訪問。ボランティア活動などに取り組む。
 
○ 日大はなぜ相撲が強いのか
 
 日大相撲部に限らずアマチュア・スポーツの場合は、ほぼ指導者で決まるといっていい。その顕著な例として高校野球があげられよう。
 沖縄の野球を変えたといわれる栽(サイ)弘義。彼が豊見城高校で采配を振るっていた時、同校は6期連続で甲子園出場という快挙をはたしているが、栽監督が沖縄水産高校へ移ってからというもの、甲子園どころか県予選のベスト8にも残れないていたらくぶりだ。また、”攻めダルマ”として一世を風びした池田高校の蔦(ツタ)文也監督がユニフォームを脱いだとたん同校がパワーダウンしていったことは誰の目にもあきらかである。さらに、茨城県に初めて真紅の優勝旗を運んできたのは、あの桑田、清原在学当時のPL学園を倒した取手二校だったが、その時の指揮官・木内幸男が土浦市にある常総学院へ寝返りをうつや、取手二校は下降線の一途をたどり、茨城県の天下は常総学院のものとなった。すなわち、偉大なる指導者の力というものがどれほど凄いものであるかということである。
 
○ 「地域のIT、町民が主役」<11/20. 2000 東京新聞>
 
 地域の情報化に協力しようと、若手IT技術者でつくるNPO(民間非営利団体)のNEG(日本エンジニアリンググループ)が千葉県で町内会のホームページ立ち上げを支援している。同町では地区でホームページを作ろうとの意見が出て相談を持ちかけた。2005年までに3千万世帯を高速インターネット網につなげる−などを目標にした国のIT戦略、「基盤整備」は確かに急務とNEGメンバーも話す。
 
○ 「学校のミーム」同窓生出会いの場<2/.2000 情報しまね>
 
 (有)ミームタウンが運営している、インターネット上の「学校のミーム」は、全国すべての中学・高校・高専約17,000校を対象に各学校のホームページを作り、そこに各学校の同窓生に電子メールアドレスを登録してもらい、メールを通じた出会いの場を提供するサービス。人が集まれば何らかの価値が出るとの考えに基づきビジネスを展開、開始2年で現在会員6万、3年後には50万から100万を見込んでいる。
  
◎番匠川:
 
 国土交通省平成12年度の1級河川水質調査を公表。九州20中2位(昨年5位)全国11位、大野川4位(昨年3位)
 
◎佐伯(鶴屋)城: http://www4.airnet.ne.jp/kmimu/castle/
 
・ 764年、佐伯久良麿が豊後の守となり、任に海部に就いたことが佐伯の名称の由来として記録に残っている。
・1190年、豊後の緒方三郎惟栄コレヨシの従兄、惟庸コレツネが佐伯に封を受けて佐伯氏を名のる.
・1601年、慶長6年、毛利高政が日田隈城よりここ佐伯領に移封し、2万石を受け、鶴屋城を築く.
・1871年、明治4年7月、廃藩置県で佐伯藩が佐伯県となる。
          11月、大分県が置かれこの地を管轄する。
・      豊の国のうち、南部8郡が豊後となり、
 1878年、明治11年、海部郡が施政上不便として、北南に分けられ、その海部郡の南部に属するものが総称で佐伯となる。
       新しく82ヶ村が南海部郡となり、このとき、元佐伯領に属していた津久見が離れる。
       当時、南海部郡の人口は、71,569人であった。)
 
・どこも中心から1時間内の距離にあり、昔の郡市ほどの距離感はない。
 
   ○ 佐伯市民憲章に唱われているまちづくり.<1972.3.18.>
 
1. われらは、互いの人格を尊重力を合わせて市民多数のねがいや要求が満たされるまちをつくる
 
2. われらは、勤労を重んじ、生産にはげみ。産業をおこして、豊かなまち をつくる
 
3. われらは、スポーツやレクリエーションを楽しみ、公衆衛生に注意して、明るく、健康なくらしをきずく
 
4. われらは、教養を高め、文化活動をさかん教育の条件を整えて時代をひらく青少年を育てる。   

5. われらは、常に相手の立場を考え、きまりを守り、公共物をたいせつに して秩序のある社会をつくる。 
 
6. われらは、郷土の自然をまもり、災害を防ぎ、環境を整えて、美しく、住みよいまちをつくる。
 
7. われらは、あたたかく人に接し、互いに助けあい老人や恵まれない人たちの福祉を進める。
 
   ○ 佐伯市民憲章序文(1972.3.18.)
 
   美しい自然と海山の産物とに恵まれた佐伯市は、県南における政治・経済・文化の中心として、長い歴史と伝統を受けて現在にいたった。われらは、このことに新たなる自覚とほこりを持ち、広く心を世界にひらき、いっそう、健康で、明るく、豊かなまちを建設するため、この市民憲章を定め、その実現の決意を表明する。